{people}Alan Edwards / アラン・エドワーズ さん
大多喜町のメイン通り、国道297号線を駅の方から南に下ってくると、突如現れる大きな看板に「アンティーク」の文字。私たちの Alan’s Antiques のはじめての出会いは、この看板でした。
気になって立ち寄ってみると、にこやかに迎え入れてくれ、丁寧に品物の背景や魅力を語ってくれるスコットランド出身の店主アランさん。それから何度も足を運び、日本の古家具が多かった我が家に徐々に西洋の古いものが足されていくように。
お店に通いその親しみやすさのある人柄に惹かれながら、どこからここへ辿り着いたのか、なぜこの地だったのか、ますます疑問は湧くばかり。そうして、私たちの初のインタビュー相手として自然とアランさんが浮かび上がり、お話をお伺いさせてもらうことになりました。
ー 今日はアランさんご自身のことを色々伺いたいと思っています。まずはどこで生まれ育ったかを教えていただけますか?
1963年にスコットランドのアップルクロスという小さな海辺の町で生まれました。家の目の前が海だったから、夏は毎日遊んで、冬は魚釣りをして。大学まではスコットランドの中で育ちました。
ー 若い頃から日本に興味があったのですか。
1988年 25歳のときに、大学に日本から英語教師を探しにきた方がいて、それで面接をしてそのまま採用されて、英語教師として名古屋に来ることになったんです。当時は日本語も話せないし日本のことも全然わからなかったけど、英語ができれば英語教師になれたので日本に行くことにしました。ただなんとなく全然違うことをやりたいと思っていて、それだけです。もし韓国から誰かが来ていれば韓国で働いたし、中国から来ていれば中国で働いていたかもしれません。だけど、その時は日本から来ました。それが日本での初めての仕事です。日本では3年働いて、それからまたスコットランドに戻ることになりました。
ー 最初は英語教師で、しかも特に日本好きだったというわけではなかったのですね。そこから今やっているアンティークの仕事はいつ頃始められたのでしょうか?
スコットランドに戻って、アベディーンという少し大きな町にある石油会社で5年働いたあと、1996年にアンティークの会社をひとりで始めました。スコットランドは歴史は長いから古い建物もいっぱいあって、すごく面白い。当時はアンティークのお店もいっぱいあったんです。アンティークはもともと好きで、兄と一緒に集めていたりしていました。
最初はお店じゃなく、インターネットだけで始めました。お客さんはアメリカやカナダ、日本と、海外の方がほとんどでした。当時はイギリスのアンティークは外国では高かったんです。私からはちょっと安く買えたから、業者のお客さんが多かったです。
ー 最初はスコットランドで立ち上げたんですね。それでまた日本に来ることになったきっかけは何だったのですか?
スコットランドにいながらも、実はちょっとだけ日本に戻りたいと思っていました。それで2002年にもう一回日本に戻りました。日本のお客さんは結構優しい人が多かったんです。アメリカとかと比べて文句が少ない(笑)。前に3年間住んでいたときに名古屋のあたりは色々見ていて、日本はもっと大きいし面白いことがわかっていたので、もう少し色々知りたいと思ったというのもあります。
それから結婚したパートナーが日本人だったので、当時まだ小さかった子供たちの生活のためにも日本に戻ろうと決めました。生まれてからスコットランドにしかいなかったから、日本語が話せなかったことがかわいそうだと思っていたんです。2つの文化を持つ子供は、2つの国に住むことが一番大事で、そうすることで強くなる。言葉だけじゃなく、もっと深いところの文化に馴染むことが必要だと思っています。そのあと子供たちは、中学も高校も大学もスコットランドへ行ったけど、日本と行ったり来たりの生活をしていました。
ー 今度はどこに住んでいたのですか?
軽井沢です。日本に戻ってきてからすぐにお店を作りました。初めてのお店でした。最初は中軽井沢に、そして追分、大日向と、段々と移動をしながらお店を大きくしていって。全部で4つの店舗をつくりました。その間に東京にもあちこち店をつくりました。浅草と落合南長崎と、田園調布。東京では、大江戸骨董市は毎回出ていい商売になったけど、商売はそんなに簡単じゃなかったです。それから人が多いところは好きじゃなくて。軽井沢の最後のお店は2015年に閉めて、東京の最後の田園調布のお店は2017年に閉めました。
ー そして東京から房総に来たのですね。最初のお店は勝浦だったと聞いていますが、勝浦とはどのように出会ったのですか?
勝浦に来たのは、インターネットでたまたま店と家となる物件を見つけたからです。行ったこともなく知らない場所だったけど、家賃もそんなに高くなかったし、お店もきれいで家も住みやすそうだしいいじゃない、と。
それで田園調布のお店から軽トラックで全部の物を運びました。4回ぐらいは往復しました。場所のことは来るまで何も知らなかったけど、引っ越してからお店の前まで船便のコンテナが運ばれてきたのを見て、とても便利だと思いました。
ー 勝浦に住み始めて、どうでしたか?
最初のインパクトは人でした。勝浦の人はすごいあたたかい。勝浦が8つ目の店だったけど、初めてお店ができたことを「ありがとう」と近所のかたが言ってくれました。ちょうど今から8年前くらいで、朝市には若い人が少なくて、住まわれていない家も多くて、あまり景気が良くなかったようでした。今は東京とか都市部から人が来て、もっと若い人が増えて、お店を始めた人も増えました。ちょうどコロナ禍くらいからだったんじゃないかな。友達にも勝浦はいいよって勧めるくらい好きになりました。
それから海と近かったのは結構良かったです。生まれ育ったのは海の近くだったから、釣りもできるし遊べるし。住んでいた頃は毎日のように泳いでいました。スコットランドと比べると少し海水がぬるくて、冷たい水が好きなので12月頃の水温がちょうど良いくらい。本当は2月くらいまで泳ぎたいけど、さすがに寒い。朝は走って、夜は泳ぐ。それができるのが一番いい生活だと思います。
ー そして今の場所へ移られるんですね。どのくらい前だったのですか?
今の場所には3年半ほど前に移ってきて、お店は3年ほど前に始めました。勝浦の場所は360度まわりに家があって、もう少し静かなところに住みたいと思い始めたんです。それで、今の場所に来ました。
それで実は、今は息子が前の勝浦のお店を引き継いでくれています。アイルランド出身のパートナーと最近結婚して、2人で「Liam and Brookes Vintage」というお店を始めました。海から離れたのは少し寂しかったけど、まだ勝浦には週3〜4くらいで通っていて、2人と一緒にご飯を食べたり、泳いだりしています。
ー スコットランドと行ったり来たりされていたお子さんも日本に住むようになったのですね。日本をみなさん気に入っているということでしょうか?
スコットランドと日本とどちらも住んで、今家族はみんな日本に住んでいます。日本を選んでいるということじゃないかな。最近8月に6年ぶりにイギリスに戻ってちょっとびっくりしたんです。景色は変わってないけど、色々なものの値段は高いし、道路は壊れていても直ってない。空港のトイレも汚い。ランドリーには人がすごく並んでいて、1人分の洗濯をするのに1,500円くらいかかってしまいました。それを考えると、日本はとても住みやすいと思います。もちろん外国の人が日本に住む時、最初はそんなに簡単じゃない。友達ができるまでにちょっと時間がかかります。だけど、それはどこに住んでも一緒だと思います。
ー それでも日本では、明るいニュースは少ないし、将来のことを暗く捉える人が多いような気がします。そんなふうに思ったりはしていないですか?
全然思っていないです。他の国に住んだことのない人が言っているのかもしれないなと思います。日本で大変だと思っている人ももちろんたくさんいるけど、車も保険も電気も安いし、頑張れば普通に生活ができる。他の国では頑張っても生活が厳しいところがたくさんあります。だからきっと、日本は暮らしやすいと思います。
ー そうですか。気づかぬうちにとても恵まれているのかもしれないということですね。アランさんはこれからまた住む場所を変えたりとかは考えているのですか?
住む場所はこれからもここがいいと思っています。東京は近いし、目の前の道路は広いし、駐車場は大きいし。ここは私が持った中で一番大きなお店で、なんでもできる場所です。まだまだやりたいことがたくさんあって、これほど色々な夢が叶う場所はないと思っています。
アンティークは28年やってきて、そろそろ新しいチャレンジもしてみたいと思っているけど、完全な新しいことと言うより、アンティークとリンクしている何かかもしれないです。まだ何もわからない。
1988年に初めて日本に来て、今年で36年が経ちました。そして今度は息子が新しいお店を始めて。今、私の人生の中で一番良い生活をしていて、毎日が楽しいです。
取材にお邪魔した日は、ちょうど今お店の中にショールームになるお部屋のドアを作っているところでした。この間届いた船便の中にあった、100年前のステンドグラスを使って職人さんに作ってもらったそう。
「昔のガラスは色が柔らかくていいんです。温かいライトの色とよく合います。本当にきれいですねぇ」とインタビュー中に出来上がったドアを見て、感嘆の声を漏らすアランさん。
古いものとの共生。人とのつながり。家族の絆。生活への目。国境をも軽やかに越えて土地を転々とし、大多喜町にふらっと辿り着き、この地で着々と夢を叶えていくアランさんに、大切なことをぎゅっと学びました。
未来のことは誰にもわからない。だけど、これからさらに我が家に西洋アンティークが増えていくことは確実にわかった日。アランさんの笑顔に見送られ、297号線をさらに南下する車は、少し重たくなっていました。
後日。
ご結婚されたばかりのアランさんの息子さんご夫婦にもお会いすることができました。Liam(リアム)さんと Brooke(ブルック)さん。今年のはじめに日本に来て、勝浦に住んでいるお二人。受け継がれてゆくアランさんの軌跡と、新しい風。眩しいほどに夢でたくさんのファミリーでした。
インタビュー・文 イシカワ
写真 カマダ
Alan’s Antiques
Liam and Brookes Vintage